つくしんぼうと山桜

祖母を想って着物を着ています

対丈で着た南瓜ウールをお端折りありで(タートルイン)

前回対丈で着てた南瓜ウール。今度はお端折りありで着てみました。 

f:id:aki67:20161029103041j:plain

タートルイン+自作の月の満ち欠け柄半幅。

 

着方を変えてお端折りを出す

前回は対丈で着たこの着物。気持ち短めに着て腰紐を普通の位置に戻し、衣紋をあまり抜かずに着れば前側のお端折りも出せます。ちなみに腰紐は帯の下線とほぼ同じ位置ですが、めくってバッチリ見えちゃうレベルではないです。

帯位置を上げればお端折りの幅をもう少し広く見せる事は出来ます。でもいまいち安定感に掛けるので、せめて帯の下線が乗っかる位にしておいた方がいいみたいです。

 

f:id:aki67:20161029103042j:plain

なんだか間延びして見えたので帯締め追加。

 

襦袢が面倒→タートルイン

気分的に襦袢が面倒で気軽なタートルインに逃げた訳ですが、今日のタートルはチュニック丈。ふくらはぎ丈なら裾よけ無しでもイケるけど、腿の真ん中位の丈なので裾よけをつけてます。タートルって裾にフリル上のレースが2段もついているという代物、裾除けは寒さ対策+フリルのシルエット潰しって感じ。でも空気の層が出来るみたいで結構あったかいです。

 

f:id:aki67:20161029103044j:plain

リボン返し(久々)。毛先のブルーが中途半端に見えてたので少し切りました。

 

大雑把な巻き始めの位置決め

今日は久しぶりの左右対称のリボン返し。いつもは片リボンで垂れも片側だけ長くして巻きつけたり垂らしたりしていますが、今回はリボン結びにした時に左右対称になるように計ってから巻いています。この「計る」のやり方はだんだん大雑把になっていて、今は帯を真ん中で折って半分の長さにしてから身体に当てて胴の幅(前半分)を計り(=半分に折っているので1巻き分の長さになる)、その位置で更に畳んで倍の長さを計り(=2巻き分)、巻き始めの位置を決めています。

※多少ズレが出るけど垂れ先を結び目にくぐらせる時に調節出来るので問題ありません。

 

f:id:aki67:20161029103043j:plain

垂れ先はユラユラ浮いてます。

 

f:id:aki67:20161029103045j:plain

帯の重心低め。このバランスは嫌いじゃない。

 

着ているもの

着物類
  • 南瓜カラーの幾何学ウール絣(撥襟) *腰紐 胸紐 ポリ伊達締め
  • 月の満ち欠け柄半幅(自作) *リボン返し 前板なし
  • 幅広帯締め *後から追加したので結び目を持ち上げる力はほとんど無し
肌着類
  • タートルチュニック
  • 綿ブロードの裾よけ(自作) *普通丈
  • ハーフトップ+普通の下着
  • 普通のソックス

 

以下、体調その他着物とは関係ないお話です。(非常に重たいので読み飛ばして頂いて構いません)

息子と私の体調はなんだか連動してしまうようで、週後半は親子揃って不調…私の方はサイクル由来の部分もあるようなので仕方ない気がしますが。

金曜日はいつもの病院へ予約外で行ってきました(受診したのは息子のみ)。やっぱり季節の変わり目、体力落ち気味だと体調に出やすくなるみたい。不眠の症状が強いし悪循環もあるようです。

受診後に登校出来たら…という気持ちもありましたが(学校と病院は目と鼻の先)、あまりにもぐったりしていたし本人も無理と言うのでそのままおうちに帰りました。出席日数の事etc.本人も色々気になっているようですが、なかなか思うようにいきません。

こればっかりは私が焦っても仕方ないけど…なるようにしかならないって割り切るのはやっぱり難しいです。

 

この辺りもそろそろ雪の季節(雪虫も飛んでいたらしい)、いろんな事を思い出してしまいます。あの夢も最近また見るようになってしまい、なんだかよく眠れません。夢の事は仕方ないと諦めているけど、立て続けに直接的な夢を見るのはしんどいです。

10月に地域の係の順番が回って来ました。これから半年間は区長さんが回覧版や配布物を届けてくれるのですが(それを私がセットして回覧する)、区長さんは結婚前の職場でもお世話になっていて(とても面倒見のいい方)、私や息子の事を気に掛けてくれています。それはとてもありがたい事だと思っています。

ただ、こちらを思っての言葉とわかっていても「いつまでもクヨクヨしてたらダメだよ」「息子だっているんだから元気出さないと」「たまには外に出なきゃいけないよ」etc.の言葉は正直辛く、どう返事をしたらいいのかわからなくなってしまいます。

区長さんに言葉を掛けられるとどうしても涙が出てしまうので、これから半年間定期的に顔を合わせなければいけないと思うと少し気が重いです。

 

いくら考えても堂々巡りで答えが出せません。あの事を無かったものとして生きていくなんて出来ないし、その後の色々も含めて丸ごと受け入れられるような器を私は持っていません。辛い状況でも前を見て生きている自死遺族の方もたくさんいる、そう思ってみてもやっぱり気持ちがついていきません。

 

私自身は1日がそれなりに過ぎて行けばもうそれでいいと思う事もあります。ただ息子の将来を考えると今をただぼんやりと過ごしていい訳がない。でも結局何も出来ないまま…ここに書いているのもただの愚痴でしかないです。

チャラチャラ着物なんて着て何ふざけた事言ってるの?って自分でも思うし、そう感じる方がいて当然だと思います。こんなこと書いてすみません。

広告を非表示にする